2009年12月24日 (木)

「サンタクロースってほんとうにいるの?」

091224001  午前,午後に委員会会議があり,それに出席して一日が過ぎました。午前中は,委員の方々から貴重な意見をいただきました。
 意見を活かせるよう,3学期のスタートに向け冬休み中に準備を進めたいと思います。


 さて,今日はクリスマス・イブです。言うまでもなく,日本の「クリスマス」は,宗教行事ではなく“年末のイベント”です。
 不景気だと言っても,子供たちは,当然のように「欲しいものがもらえる日」と思っているでしょうし,プレゼントが届くのでしょう。
 プレゼントが届くのは,子供の“声”を聞いて,それを届けてくれる“サンタクロース”がいるからです。

 ところで,その「プレゼント」(?)を子供に運ぶサンタクロースは,誰でしょうか。
 子供たちは「サンタクロース!」と答えてくれるでしょうか。

 私は,サンタクロースはいるし,クリスマスには“一心にお願いしなければかなわない”と思っています
 だから,子供の“思い通りになる”ことは少なく,“思い通りにならない”ものであってほしいと願っています。
 クリスマスに子供たちが,プレゼントを“もらえる”のは,なぜなんでしょう。
 それを考えない子供のところに,サンタクロースはやってこない方がよいと思います。

 今年は,サンタクロースはやってきたでしょうか


 「サンタクロースってほんとうにいるの?
 子供からのこの問いに,真剣に答えた社説がありました。有名な話ですが,ニューヨークの日刊紙「The Sun」の1897年9月21日付け社説です。
 「The Sun」紙は,アメリカの新聞で最も権威あるものの一つで,合衆国で最初に成功した地方紙です。

    Is There A Santa Claus?

 We take pleasure in answering thus prominently the communication below, expressing at the same time our great gratification that its faithful author is numbered among the friends of The Sun

 Dear Editor--I am 8 years old. Some of my little friends say there is no Santa Claus. Papa says, "If you see it in The Sun, it's so." Please tell me the truth, is there a Santa Claus?

 Virginia O'Hanlon


 Virginia, your little friends are wrong. They have been affected by the skepticism of a skeptical age. They do not believe except they see. They think that nothing can be which is not comprehensible by their little minds. All minds, Virginia, whether they be men's or children's, are little. In this great universe of ours, man is a mere insect, an ant, in his intellect as compared with the boundless world about him, as measured by the intelligence capable of grasping the whole of truth and knowledge.

 Yes, Virginia, there is a Santa Claus. He exists as certainly as love and generosity and devotion exist, and you know that they abound and give to your life its highest beauty and joy. Alas! how dreary would be the world if there were no Santa Claus! It would be as dreary as if there were no Virginias. There would be no childlike faith then, no poetry, no romance to make tolerable this existence. We should have no enjoyment, except in sense and sight. The external light with which childhood fills the world would be extinguished.

 Not believe in Santa Claus! You might as well not believe in fairies. You might get your papa to hire men to watch in all the chimneys on Christmas eve to catch Santa Claus, but even if you did not see Santa Claus coming down, what would that prove? Nobody sees Santa Claus, but that is no sign that there is no Santa Claus. The most real things in the world are those that neither children nor men can see. Did you ever see fairies dancing on the lawn? Of course not, but that's no proof that they are not there. Nobody can conceive or imagine all the wonders there are unseen and unseeable in the world.

 You tear apart the baby's rattle and see what makes the noise inside, but there is a veil covering the unseen world which not the strongest man, nor even the united strength of all the strongest men that ever lived could tear apart. Only faith, poetry, love, romance, can push aside that curtain and view and picture the supernal beauty and glory beyond. Is it all real? Ah, Virginia, in all this world there is nothing else real and abiding.

 No Santa Claus! Thank God! he lives and lives forever. A thousand years from now, Virginia, nay 10 times 10,000 years from now, he will continue to make glad the heart of childhood.

 この社説は,ニューヨークに住む当時8歳の少女Virginia O'Hanlonからの手紙に,新聞社が答えた形になっています。この記事を書いたのは,48歳の記者Francis Pharcellus Churchでした。
 8歳の少女の「サンタさんっているんですか?」との問いに,新聞社が『社説』で答えたというのが凄いことだと思います。

 こういう問いができる子供問いの誠実に答えられる大人
 そして,それに応える社会

 そういう社会でありたいと思います。
 Merry Christmas



 ◇日本語訳;Yes, Virginia, There is a Santa Claus



◇2008年12月24日 (水) 冬季休業です
◇2007年12月24日 (月) “クリスマス・イブ”に

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2009年12月23日 (水)

『気の力』(齋藤孝・著)

091223121  冬の一日でしたが,昨日までに比べ暖かい日でした。夕方降ってきたのは,雪ではなく雨でした。

 今日は,国民の祝日の一つ,今上天皇の誕生日を祝う「天皇誕生日」でした。
 第二次世界大戦終結まで“天長節”と呼ばれ,明治以来,四方拝,紀元節,明治節とともに四大節の一つです。

 夕方のTBS「総力報道!THE NEWS」で,「やねだん」特集が放映されていました。
 “田舎”に暮らす者として,元気を真似したくなる人々でした


 今年の市民文化講座で齋藤孝氏の話を聴きました。
 意識して齋藤氏の本を選んではいませんが,年末に読もうと2冊の本を手にしました。その一冊,『気の力―場の空気を読む・流れを変える』(文藝春秋・刊)を読みました。

 齋藤氏の身体論ですが,教育の場で話が進みます。子供たちの「気」のエネルギー,元気を引き出すヒントが得らました
 学校教育に携わる方々に読んでいただきたい一冊です


 「かごめかごめ」「ハンカチ落とし」「だるまさんがころんだ」…
 かつてよく見られた遊びですが,最近ではあまり見かけないように思います。
 齋藤氏は,ここで“背中のセンサー”の重要性を語ります。

 気のセンスを試し合うことは,子どもにとって非常に面白い遊びだった。(p.47)


・「気」は,からだの内側だけでなく,人と人との〈あいだ〉を流れているものである。(p.38)kぁい ・「気」を変換するセンスは,頭で考えて動くというよりは,むしろからだが自然に動くような作用である。(p.58)
・教師であるならば,子どもの気質を見抜くことは,必須の能力と言える。
 何も心理的な分析を必要とするのではなく,子どものからだから発している表情や声から,気質は充分つかめる。(p.120)
・日本人にとって敬語は,たんに丁重な物言いのために必要なものではなく,関係性を示すためにも重要なファクターであった。(p.181)

 齋藤氏の身体論に沿い,身体感覚を取り戻し,元来もっていた「気」の感性を呼び覚まし,磨いていきませんか


 目次
 第一部 場の空気を読む・流れを変える
  1 なぜ気のセンスなのか
  2 場の空気を読む
  3 場の流れを変える
 第二部 「気」の理解を深める-気質・声・日本語
  4 気質を読み解く
  5 からだの「気」を揺さぶる声
  6 日本語と「気」の文化
 終章 「気」と息の文化


   ◇レビュー:気の力―場の空気を読む・流れを変える


◇2008年12月23日 (火) 「天皇誕生日」でした
◇2007年12月23日 (日) 母「ケータイで困っています」

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2009年12月22日 (火)

今日は「冬至」。そして終業式。

091222102  今日は,二十四節気の『冬至』です。冬至の夜,「食卓にカボチャ」,「風呂は柚子湯」。
 カボチャで風邪などの予防,改善を,柚子湯で無病息災を。

 みなさんの「冬至」は,どんな一日でしたか


 当市の幼稚園・小中学校は,終業式でした。
 台風18号,新型インフルエンザの拡大…,子供たちの活動に影響を与えて過ぎていきました。

 ホームページに,校長先生が終業式で話されたことを載せている学校がありました。
   ◇2学期の終業式
   ◇12月22日  2学期終業式
   ◇二学期終業式
   ◇保護者の皆様へ
   ◇2学期終業式

 午前中,課内会議指導主事会議で,次年度に向けた検討を行いました。
 “多くの課題”がありますが,まず〈一つの課題〉に対して方策をたて,それを積み上げていき,“新しい教育”の姿を描いていきます。

 また,各学校の「授業力向上」に向けた施策についての方策を相談しました。
 指導主事からの意見を受け,次の一手が見えてきました


 明日への夢を形にすることを楽しみたい
と思います。


◇2008年12月22日 (月) 2学期が終了しました
◇2007年12月22日 (土) ゆず湯に入り,かぼちゃを食す

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2009年12月21日 (月)

新しい1週間のはじまり

091221205  新しい1週間が始まりました。市教委にとっては,いつもの月曜日ですが,小中学校では“冬休みまで2日”という一日です。
 秋の学びを“まとめ”て冬休みに向かうのですが,ここにきてもインフルエンザによる閉鎖の連絡がありました。
 感染拡大は,まだ治りません

 学校のホームページをみていたら,土曜日に降った雪が運動場に残っているようすを伝える記事がありました。
  ◇銀世界の運動場
  ◇雪遊び
  ◇12・21 学校に雪が・・・
  ◇寒波のなごり 12月21日
  ◇ついに来ました、初積雪!
 通勤する大人にとっては,困りものの積雪ですが,子供たちは,この冬はじめての積雪を楽しんだようです。


 今日も,次年度に向け“検討すべきこと”,“制度を調えること”など,今まで気づいていなかったことが出てきました。
 「すぐには…」,「それより先に…」と口に出そうですが,それでは改善が進みません。

 「どのようにしたら実現できるか」と,“する”“できる”という姿勢で取り組んでいきます

 さて,明日は…


◇2008年12月21日 (日) “一陽来復”で陽気に向かいたい
◇2007年12月21日 (金) 2学期が終了しました

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2009年12月20日 (日)

『なぜ、その子供は腕のない絵を描いたか』(藤原智美・著)

091220203  快晴の空から太陽の陽が降り注いでいましたが,気温の低い一日でした
 気温が低いままですので,道端や田畑に残った雪は,わずかに水となって流れますが,その姿を変えていません。
 出かけた先でも,雪こそ見られませんでしたが,冷たい風が吹き,自動車の室外計はほとんど変わりませんでした。

 「寒い。寒い。」と言っていても何も変わらないので,冬の暮らしを楽しむ工夫をしていきたいと思います。


 最近,“ゆっくり本を読む”ということをせずにいるようです。

 「寒さで,本を持つ手が凍えて…
 そんなことはありませんが,家で“すべきこと”や“したいこと”の時間が,読書を追いやっています。
 ジャーナリストの佐々木俊尚氏は,何を読むかについて

細切れ時間(5~10分)→ブログ,RSSリーダーでチェックなど
30分~2時間→ビジネス書,IT関連書,執筆の参考図書など
数日間の休暇→哲学書など

と述べていました。
 みなさん,似たような過ごし方(遣い方)をしているのではないでしょうか。
 “数日間の休暇”とはいきませんが,年末年始は,“ゆっくり”の時間をつくっていきたいと思います。


 先日,図書館の書架で『なぜ、その子供は腕のない絵を描いたか』(祥伝社・刊)を見つけて,そのタイトルが気になり手にしました。
 児童画から心理判断することを学んだり聞いたりしたことがあります。この本も,その方向から述べられていると思って読み始めましたが,切り口は違いました。


 藤原氏が見た“腕のない絵”にあたる絵を目にしているのかもしれませんが,意識して見た記憶がありません。
 “腕のない絵”は特異なものなのかもしれません。
 しかし,藤原氏の報告する“絵の周辺”は,当地の学校でもありそうなこと,気になっていることです。

 それを,「子供たちの発する信号」で済ましてはいけないと思います。
 その信号は,その子の生活そのものです。
 どんな生活を送らせたいのか,親と大人,社会が考え,行動をすることです。

 いつもの“結論”に落ち着いてしまいそうですが,学校教育には,他よりも“できること”が多くありそうです。

 いろいろな方と意見を交わし,知恵を出していきます
 この本から,考える機会を得ました



 ◇レビュー:なぜ、その子供は腕のない絵を描いたか:



◇2008年12月20日 (土) 冬至イブ(?)でした
◇2007年12月20日 (木) 2学期もあと2日

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