「間」
冷たい風が吹きましたが,青空が綺麗で気持ちのよい一日でした。
大きさの分かりにくい写真ですが,何だかわかりますか?
「むかご」です。
山芋,自然薯の葉の付け根にできる小指の頭ほどの球芽です。
最近,目にすることが少なくなっています。それを撮った一枚です。
広報誌「理想の詩」の11・12月号の特集は「間」でした。
空間行動学の渋谷昌三氏,伝統建築家の安井清氏,映画監督の大林宣彦氏が,それぞれの「間」について述べています。
渋谷氏の記事のなかに,
そうした状況に繰り返しおかれることによって,周囲の他人を人格とみなさないようになる,すなわち他人を“没人格化”する習慣がつくためと言われています。
と,自分の周囲に空間が必要なのに,満員電車や人混みにならされることで,その空間がなくても過ごせるようになる,とありました。
人と人との“距離感”について述べ,その最後を「“間合い”の文化」を大切にしたいとまとめていました。
コミュニケーションの大切さが言われます。
そのなかで,言葉や表現の技術・技巧を問題にする論議が多いように思います。
しかし,それだけでは十分ではなく,肌身が感じる“間合い”を大切にしていくことも忘れてはいけないと,渋谷氏の記事から思いました。
また,大林氏の記事では,最初に,
上映時間90分のフィルム映画の場合,スクリーン上に映像が映し出されている時間はいったいどれくらいかご存じですか。
とありました。
何を聞いているのかと思いましたが,映像が映し出されているのは50分にすぎず,あとの40分は,コマとコマの間の黒い線の部分がシャッターで遮蔽されることによって闇が映し出されているのだそうです。
たしかに,フィルムのつなぎ目の黒い部分も,かなりの量になりそうです。
映画館で見るのとテレビとでは違っているのは,この“闇”に違いがあるのかもしれません。
この“闇”も含め,映画監督のつくる「間」から,見る側の“想像力”によって作品に魅力が増していくようです。
「間」のある生活は,人の想像力を広げ,文化を創っていくようです。
「間」のある生活をしていきたいものです。
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